郷 義弘

 

<交通アクセス情報>
魚津ICより35分 
JR魚津駅より~松倉城駐車場まで40分。(角川ダム~左折/道なりに)
松倉小学校より山道6,1キロメートル。

駐車場 あり(数台程度)
<市民バス>
松倉ルート(日、祝日運休)鹿熊終点迄
32分(*の乗車は前日迄要予約)
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての越中の刀工です。
詳しい生い立ちは不明ですが、先祖は木曽義仲に仕えていたと言われ、越中国新川群松倉郷(現魚津市松倉の虎谷)に住んでいたので「郷」(後世には「江」の字もあてられた)と名乗ったとされていたと伝えられ、今も鍛冶屋敷と呼ばれる地が残っています。
義弘が21歳のとき、後醍醐天皇のお守り刀に献上された岡崎五郎正宗の仕事ぶりを見て正宗の弟子になったと言われています。
後に太閤秀吉も江を求め、魅了された一人であり、郷義弘と正宗・藤四郎吉光をして「天下三作」と評しています。
義弘の鍛えた刀は早月川の上流で採れた鉄(立山のモリブデンを鍛入した特殊鋼)で作ったため、特に切れ味が鋭いといわれています。